2025年12月11日、アルゼンチン国家工業所有権庁(INPI)は、商標制度を根本から見直す「決議583/2025」を公布しました。本改正は、審査の迅速化と国際基準への整合を目的としており、企業の商標戦略に多大な影響を与えます。
以下に、実務担当者が押さえておくべき変更点と今後の対策をまとめました。
1. 審査範囲の大幅変更:絶対的拒絶理由のみを審査(即日施行)
本決議の公布に伴い、INPIによる職権審査の範囲が限定されました。
INPIが審査する項目(絶対的拒絶理由)
以下の項目のみが、引き続き審査官による審査対象となります。
- 識別力の欠如(記述的表示など)
- 公序良俗違反
- 同一商標で、指定商品・役務も完全に同一の場合
INPIが審査しない項目(相対的拒絶理由等)
以下の項目は職権審査の対象外となり、利害関係者からの「異議申立て」がない限り考慮されません。
- 類似商標による混同のおそれ
- 同一商標であっても、商品・役務が「類似」にとどまる場合
- 第三者の氏名・芸名等に関する権利侵害
重要: これまで審査官が拒絶していた「先行類似商標」等のチェックが行われなくなるため、権利者自身による監視が不可欠となります。
記述的表示・業種名的表示における今後の留意点
記述的表示や業種名的表示については、商標法上の「識別力の欠如」として引き続き厳格な審査対象となります。
しかしながら、その判断はあくまで個別具体的に行われるものです。そのため、審査段階では登録が認められたとしても、第三者から見れば記述的と感じられるような「境界線上の商標」については、今後、登録後に異議申立て等の場で争点となる場面が増える可能性があります。
出願にあたっては、単に審査を通過することだけでなく、登録後の紛争リスクも含めて検討することが重要です。
2. 新しい登録手続フロー(2026年3月1日開始)
2026年3月1日より、審査から登録までのスピードを劇的に高める新フローが導入されます。
- 出願・即時審査
出願後、直ちに方式審査および(上記の限定された範囲での)登録性審査が実施されます。 - 公告(1日のみ)
商標公報への掲載期間が「1日のみ」となります。 - 異議申立期間(30日間)
公告から30日以内に異議がなければ、そのまま登録となります。
3. 実務への影響と対策:ウォッチングの重要性が増大
異議申立制度自体(商標法22.362号、INPI決議P-183/18)に変更はありませんが、審査による拒絶の範囲が限定されるため、「異議申立て」がブランド保護の最後の砦となります。
今後、異議申立てで争点となりやすいケース
審査官が職権で拒絶しなくなるため、以下の商標が出願された場合、権利者は自らアクションを起こす必要があります。
| 類型 | 具体例 |
| 類似商標 | 既存商標と外観・称呼・観念が類似し、混同のおそれがあるもの |
| 類似商品・役務 | 商標が同一でも、指定商品・役務が同一ではなく「類似」するもの |
| 記述的・示唆的表示 | 商品の特徴や品質を暗示する英語や造語(識別力の境界線上にあるもの) |
| 業種・事業表示 | 特定の業種や事業活動を想起させる表示を含むもの |
| 人格権関連 | 第三者の氏名・芸名を含むもの(同意の有無が問われるケース) |
企業に求められるネクストステップ
INPIによる先行権利のチェック機能が限定されることから、以下の2点がこれまで以上に重要になります。
- 出願前の精緻な先行調査: トラブルを未然に防ぐため、より深い調査が必要です。
- 出願後の商標ウォッチング: 自社の権利と抵触する出願を見逃さないよう、監視体制の強化が急務です。
4. まとめ:権利者による「自衛」が商標戦略の核心へ
今回の法改正により、アルゼンチンの商標実務は、審査官による広範なチェックから、権利者主導の監視・異議申立てへとパラダイムシフトしました。
特に留意すべきは、識別力に関する判断の行方です。記述的表示や業種名的表示については、引き続き「識別力の欠如」として審査対象となりますが、その判断は個別具体的に行われるため、境界線上の商標については、今後、異議申立てで争点となる場面が増える可能性があります。
「絶対的拒絶理由(識別力など)の審査は残る」とはいえ、その判断基準が新フローの中でどのように運用されるかは予断を許しません。「審査を通ったから安心」という従来の考えを捨て、「他社の登録を未然に防ぐ」ための監視体制(ウォッチング)を構築することが、今後のアルゼンチンにおけるブランド保護の生命線となるでしょう。
商標に関するご相談などございましたら、お気軽にお問い合わせください。
