中国で不使用取消請求が厳格化:日本企業が知っておくべき5つの実務ポイント

変わりゆく中国の商標制度、問われる“請求人の責任”

中国で商標を取得・維持する際、多くの日本企業が直面するのが「先行商標の壁」です。先に登録された商標が存在することで、自社の新規出願が拒絶されるケースは少なくありません。このような場面で活用されてきたのが、登録から3年以上使用されていない商標に対し第三者が取消を請求できる「不使用取消審判制度」です。

しかし、2024年以降、中国国家知識産権局(CNIPA)は、この不使用取消請求制度の運用を大きく見直しました。変更のポイントは、これまで“申請するだけ”で済んでいた請求に対し、請求人側にも立証責任と誠実性が強く求められるようになったことです。

本記事では、制度変更の背景と具体的な内容を整理し、特に日本企業が請求者としてどのように対応すべきか、実務的な観点から解説します。

不使用取消審判とは——制度の目的と日本企業の活用実態

不使用取消審判とは、登録から3年を経過しても実際に使用されていない商標について、第三者が取消を請求できる制度です。中国商標法第49条に基づくこの制度は、商標の不正占拠を排除し、正当な使用者が権利を獲得しやすくすることを目的としています。

日本企業が中国で出願を行う際、障害となる先行商標が実際には使用されていないケースも少なくありません。そうした場合、不使用取消審判を請求することで障害を取り除き、出願を通すという戦略が一般化しています。

ルール変更の背景にある“悪意的請求”の増加

近年、CNIPAにおける不使用取消審判の件数は年々増加し、2023年には12万件を超えました。その中には、実際には使用の有無を確認せず、競合他社への妨害や利益目的で大量に請求を行う「悪意的請求」も含まれています。

こうした乱用を抑制するため、CNIPAは2024年以降、以下のような運用強化に踏み切りました。

  • 請求人による事前調査と証拠提出の義務化
  • 形式的請求の排除を目的とした審査の厳格化
  • 虚偽申告への抑止を意図した誓約条項の導入

この制度改正は、請求制度を誠実に利用する企業にとっても、実務の見直しを迫る内容となっています。

新ルールの要点——請求人に求められる新たな義務

 “対象商標が使われていない”ことを請求人が示す

これまで不使用取消請求では、登録者に対して「使用実績を立証する責任」が求められていましたが、現在では請求人に対しても「使用されていないことを合理的に疑わせる証拠」の提出が求められています。

具体的には、請求人は以下のような調査・証拠提出が必要です

  • 対象商標について、少なくとも3種類以上のオンラインプラットフォーム(例:淘宝、京東、百度等)における使用実態の有無を調査
  • 調査結果のスクリーンショットを取得し、検索キーワード・検索日時・対象商標との関連性を明示すること
  • 証拠不備がある場合は、CNIPAより補正命令が発出されるリスクあり

誠実性を担保する「承諾条項」の追加

CNIPAは、請求人および代理人に対し、提出した情報の真実性・正確性・完全性を誓約する文言を請求書に記載するよう義務付けています。

これにより、虚偽の申告や事実の隠蔽が判明した場合には、請求自体の無効化に加え、企業や代理人の信頼性が毀損されるリスクもあります。

日本企業にとっての影響——“請求ありき”戦略の見直しが必要

「請求前の調査」が新たな実務プロセスに

従来、不使用取消審判は“出してみる”ことに意味がある制度と捉えられがちでした。しかし、今後は請求前に十分な調査を行い、使用の有無を把握する必要があります。

そのためには以下の準備が求められます

  • 調査対象プラットフォームの選定と定期的なチェック体制
  • 証拠収集と保存形式の標準化
  • 請求可否の判断に関する社内基準の整備

実務経験のある中国代理人との連携強化

証拠の正確性や証明力は、審査結果に大きく影響します。CNIPAの最新運用に精通した現地代理人の起用は、もはや前提条件です。

また、証拠の翻訳・整形、補正命令への対応力なども考慮し、費用対効果の高い代理人ネットワークの構築が必要となるでしょう。

 今後の知財戦略——取消請求“以外”の手段も視野に

“取消請求”に依存しないリスク分散型アプローチへ

新ルールにより、不使用取消審判はより“慎重かつ合理的に運用される制度”へと変わりつつあります。したがって、企業としては以下のようなオルタナティブ戦略も視野に入れる必要があります。

  • 同意書交渉:先行商標の所有者と共存に関する同意を得る方法
  • ネゴシエーションによる買収・譲渡交渉:正当な対価により商標を取得
  • マルチブランド戦略:別ルートでの出願や区分分割による展開

これらの手段を適切に組み合わせ、長期的なブランド保護・拡張計画を策定することが求められます。

まとめ:信頼される“請求人”であるために——誠実な請求と準備の時代

中国における不使用取消審判の制度改正は、単なるルールの変更にとどまらず、「誰が制度をどう使うか」が問われる時代の到来を意味しています。

日本企業がこの制度を引き続き戦略的に活用するには、次の3つの視点が不可欠です。

  1. 調査と証拠準備を伴う誠実な請求体制の構築
  2. 現地代理人との強固な連携と対応力
  3. 取消請求に頼らない、柔軟な商標取得戦略の再設計

今後、不使用取消審判は“誰でも使える制度”から“誠実な企業だけが活用できる制度”へと進化していきます。自社がその一員であり続けるために、今このタイミングで、実務と戦略の見直しを図ることが重要です。

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